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スマートフォン・タブレットにおける画面転送サービスについて


2011-12-01
Takuo Kihira

今私が個人的に注目している新しいサービスに「画面転送」があります。今回、自分の知識整理のために記事にしてみます。

ここでいう画面転送サービスとは、一般的にクラウドゲームプラットフォームと呼ばれる技術のことです。具体的に言うと、ゲームをサーバ側で動かし、その出力結果を(例えば動画の形で)スマートフォンやタブレットなどの端末に配信します。そして端末側の入力をサーバ側に送信し、そのやり取りでゲームを動かすサービスです。

なお、この技術自体はスマートフォンやタブレットでなく、PCやコンソール機(PS3やWiiなど)でも同じように適用可能ですが、今回ここで記事の対象とするのはあくまでもスマートフォン・タブレットにおけるこの技術の適用可能性に限りたいと思います。


この技術の素晴らしい点は多々あります。まずメリットについて解説しましょう。

何より一番のメリットは、低スペックな端末クライアントにおいて、PS3並のゲームを提供できる可能性があることです。クライアントは届いたデータを画面に表示するだけでよく、本来の端末のスペックをはるかに超えたゲームをプレイすることが出来る可能性があります。

次に、ゲームのパッケージのインストールの必要がないことが挙げられます。ライセンスさえ手に入れれば、いつでもすぐにゲームを立ち上げられる可能性があります。パッケージを買う必要がなく、(ライセンス体系が整えばですが)色々なゲームを気軽にためし、自分が気に入ったゲームを繰り返しプレイすることが可能になることでしょう。

また、この技術の素晴らしい点として、ゲーム配信側のメリットもあります。技術が確立すればという前提付きではありますが、ゲームを企画・作成する際に配信プラットフォームを選ぶ必要がありません。PS3にする、XBOXにする、Wiiにするというかなりタフな経営判断をする必要が無くなり、クラウドプラットフォームにさえ対応しておけば自動的により幅広いプラットフォームを横串で対応することが可能になることでしょう。大幅な開発コストの低減が見込めます。


一方、現状では課題もたくさんあります。

まず、誰もが真っ先に思いつく問題として、キー入力とその結果のラグが挙がると思います。例えばキーを端末で入力して、その結果をサーバに送信し、サーバで解釈された結果として画像(動画)が端末に返ってくる、その往復の時間が長ければ長いほどゲームとして成立しにくくなります。仮にアメリカのニューヨークにサーバがある場合、東京からの直線距離で10,860kmあり、往復だと光の速さだとしても0.07秒もかかってしまいます。光の速度が遅すぎる苦情は誰に言えばいいんでしょうか。

次に、1台のサーバで処理できるプレイヤー数の問題があります。一般的なWebサービスでは、1台で数千人のユーザーを裁くのは当たり前となっています。例えば超適当な例だと、Googleには100万台のサーバがあるそうですが、50億人を裁いていると考えると1台につき5000人さばいている計算になります。しかし画面転送サービスの場合、1台のサーバでそれだけ裁くことは現実的ではありません。その場合、ネックがCPUではなくGPUになることでしょう。

他に、技術関連ではないですがかなり大きな問題として、UIの問題があります。現状のスマートフォンやタブレットはゲームをプレイする目的で設計されたわけではないので、今PCやコンソール機で動いているゲームをそのままこれらの端末上でプレイするのはあまり現実的ではありません。美麗なグラフィックスを利用する既存ゲームは基本PC・コンソール向けであり、新しく画面転送に最適な美麗なグラフィックのゲームを作成するのは非常にコストが高いでしょう。


現状サービス化されているものとしては、海外で有名なOnLiveと、NHNが提供しているG-Cloudがあります(私は今のところ、この両者しか知りません)。それぞれどのようなアプローチであるか、個人的にまとめます。

onliveは非常に有名で、iPhoneや他のAndroid端末でも動きます。ゲームの種類もなかなか豊富のようですが、彼らは推奨条件として回線速度を5Mbps、最低条件として2Mbpsにしています。これは現状のLTEでは相当きつい条件で、基本はwifiでのプレイを考えているようです。外ではプレイできない、と考えて差支えなさそうです(そもそも彼らは自宅のテレビでの動作を想定しているので、当然といえば当然です)

youtubeなどで見られるOnLiveのスマートフォン等のプレイ映像は、かなりの品質で動いているように見えます。ラグの問題はほとんど目立ちません。またこれはwifiだから当たり前かもしれませんが、絵も非常に綺麗で、クラウドの良さを非常に上手く引き出していると言えるでしょう。ゲームの種類も150を超えていて、OnLive用にpublisherが開発をしたタイトルもあるようです。

しかし当然ながら3GやLTE回線ではプレイ出来ない水準になるでしょうし、公式のデモでも一瞬カクつくことがあったりして、実際にスマートフォンやタブレットでプレイしてみるとかなり問題がありそうな雰囲気です。そして、前述したとおり基本として家庭用テレビで動作させるためのプラットフォームですので、スマートフォンでプレイする際のUIの問題はほとんど考えられていないように見受けられました。

次にNHNのg-cloudですが、これはLTE用に作られたクラウドゲームプラットフォームです。すなわち、設計思想として最初からスマートフォンやタブレットに配信することを考えられており、帯域もLTE回線で収まるように実装されています。docomoのタブレットXi(クロッシィ)にプリインストールされている模様です。ライセンスは詳しく調べていませんが、先着何名かにはクーポンをプレゼントしていて無料でゲームが遊べる模様です。

現状ではゲームは2つだけであり、そのうちの1つはソニックです。ソニックだけは実機で遊んでみたので、正確にレビュー出来ます。ソニックのようなゲームだとラグが致命傷になりうるのですが、ラグに関してはLTE回線で何ら問題がありませんでした。画面の更新も問題ないレベルで行われており、特に問題なくプレイすることが出来ました。もともとはWindowsのゲームをクラウドで配信しているのですが、タブレットにおけるUIに関しては専用のインターフェースを用意しており、そちらも遊べる水準でした。

しかし、非常に残念なのですが、画質が悪いという問題がありました。LTE回線で遅延なくプレイするためには画質を落とさなくてはいけなかったのだと思うのですが、あの画質であれば別にサーバから配信されなくても、Androidのアプリとして実装したほうがよほど良いプレイが出来そうな印象を受けました。プレイヤーとしてのメリットの一つ、綺麗なグラフィックのゲームがタブレットでプレイ出来るというメリットはない印象です。


結論としては、現状スマートフォンやタブレットにおける画面転送のサービスはまだ立ち上がっていない水準のようです。理想的には1台で50人程度同時アクセスを捌けると、かなり現実的なラインで採算の計算が出来るようになると思います。現状のように既存のソフトをそのまま動作させる形式だと技術上のブレイクスルーは難しいでしょうから、この方式のビジネスモデルだと大きな発展はなさそうです。

部外者から見る大きな問題点は次の通りです。

  • グラフィックを良くすると、1台のサーバで対応できる人数が減ってしまう
  • 回線が細く、画質を担保するのが難しい
  • 対応したゲームが少なく、ゲームを準備するコストが高い

これらを一気に解決するためには、「1台のサーバで多人数に対応する技術」「細い回線でも高画質を提供できる技術」「コンテンツプロバイダーが専用のゲームを準備するコストを低下させるビジネスモデル」が必要になると思います。

ビジネスモデルについてはわかりませんが、技術的な解決を必要とするネタが2つもあるので、おそらくきっとこの分野は技術力を持った会社が一気に席巻するのではないかと予想しています。現状クライアントサイドの端末のCPUがスカスカに空いていると思われるので、これらを効率的に利用できるような画面配信方法を組み込む技術的余地があり、そこを突破したサービスはきっとかなりのクオリティになるのではないかと期待しています。

この予想が1年後に当たっていればいいんですが、どうなるでしょうか。この業界は将来がとても楽しみです。