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document.all の例外仕様を知っていますか


2022-08-01
Takuo Kihira

昨日、ツイッターで次のような JavaScript クイズを出しました。

このブログ記事では、この問題について解説します。

解答

答えは「出来る」です。出題者の意図としては document.all を想定しておりました。

document.all は、ブラウザに存在する、非常に特殊なオブジェクトです。

  • document.all 自体は object 型である。console.log(document.all) とすると内容が確認出来る
  • boolean 型に変換すると false になる。 console.log(!!document.all) は false になる
  • null や undefined との == による比較は true になる。 === による比較は false になる
  • typeof document.all === 'undefined' となる

JavaScript において、このようなオブジェクトはブラウザの document.all しかありません。よって、この document.all の特性を利用することで、alert を表示させることが出来ます。

function hello(x) {
    if(typeof x === 'undefined') {
        alert(x.f());
    }
}

document.all.f = () => "Hello, World!";
hello(document.all);

なお @kazuho さんに指摘された、原理上は Node.js でも可能な別解があります。この記事の最後で紹介します。

document.all の歴史

なぜこのような謎な振る舞いをする例外が発生してしまったのでしょうか。少し document.all にまつわる歴史を追ってみましょう。

document.all は、Internet Explorer(IE) 時代の遺物です。私の記憶が正しければ、IE 4 で導入されたプロパティで、id を付与した DOM への参照を all のプロパティアクセスによって得ることが出来ました。現代でいう document.getElementById の機能です。そして、これは IE の独自機能であり、当時ライバルであった Netscape Navigator(NN) は当然のごとくサポートしておりませんでした(確か NN には document.layers みたいなものがあったはず)。

それだけの話であれば良かったのですが、当時はブラウザ間の互換性などほどんどなく、我々プログラマーは IE と NN の両方で動くコードを書くのはほぼ不可能なレベルでした。そこで、JavaScript の中でブラウザを判断し、そのブラウザ用の処理を別々に書くことになります。正しくは navigator.userAgent を判断しなければいけないのですが、皆様ご存知の通り UserAgent の判断は非常にめんどくさいです。そこで手っ取り早く IE を判断するために、多くの人が「 document.all があれば IE」というようなコードを書いてしまったのです。

ブラウザ戦争は紆余曲折がありましたが、結果的に IE が絶大なシェアを持つことになりました。しかしそんな中でも新しいブラウザは登場しており、Opera や Firefox、それに Chrome などの今でも使われているブラウザが登場します。これらの新しいブラウザでは、Web の標準化を推し進め、それに準拠する形で機能が拡張されていきます。しかし新しいブラウザでも、その時に一番シェアを持っていた IE 用に作られたページはなるべく表示したいのです。

ブラウザの判別などせず document.all があるのが当たり前、という IE 前提な Web ページもきちんと表示出来るように、それらのブラウザでは document.all が実装されました。一方で document.all を利用して IE であるかどうかを判断しているコードでは「IE ではない」と伝えたいので、ただ document.all の存在をチェックしている場合に限っては「存在しない」という値を返すようになったのです。

IE は独自路線を走り、過去の互換性も保ちつつ、かつ Web の標準化も取り入れる、という戦略を取ることになり、結果としてその戦略を維持し続けることはできなくなってしまいました。しかし IE 用に作られた Web ページはまだたくさん残っており、Web 標準化の都合によって表示出来なくする判断をするには影響が大きすぎると判断されました。そんな経緯によって、この摩訶不思議な document.all の振る舞いがモダン・ブラウザでも残ってしまっているのです。

document.all の仕様

この摩訶不思議な振る舞いは、きちんと仕様にも書かれております。

WHATWG の HTML Standard の仕様では、 2.6.2.1 The HTMLAllCollection interface の章に書かれています。

https://html.spec.whatwg.org/multipage/common-dom-interfaces.html#the-htmlallcollection-interface:dom-document-all

ECMAScript の仕様でも特別扱いされています。 B.3.6 The [[IsHTMLDDA]] Internal Slot の章です。

https://tc39.es/ecma262/#sec-IsHTMLDDA-internal-slot

implementations should not create any with the exception of document.all.

と、しっかり「document.all 以外に [[IsHTMLDDA]] を使うんじゃねぇぞ」と釘がさされています。DDA は document dot all の略で、 document.all 以外の例外を許さないという強い決意が名前からも伝わるようです。

ECMAScript の仕様に document.all の例外を追記するかどうかについてはひと悶着あったそうですが、私は詳しく調べていないので今回は言及しません。何にせよ、標準化の皆様の苦渋の決断があったことは間違いないでしょう。いつも本当にありがとうございます。

Web を壊さない、という信念

よく “Don’t break the web.” という形で表現されるのですが、Web の標準化においては「既存のコンテンツに対する影響をなるべく小さくする」という前提が共有されています。今まで普通に見られていた Web ページが、標準化の変更によって突如壊れてしまうという可能性をなるべく小さくしよう、という考え方です。 document.all 周りの仕様はまさにこの考え方によって生まれてしまったものでしょう。

Python で顕著でしたが、メジャーバージョンが上がると過去の大抵のスクリプトは動かなくなります、というような変更は Web では出来ません。サーバサイドであれば、移植が終わるまでの間は Python 2 系列の環境を維持しておく、というような運用が可能なのですが、ブラウザの場合はユーザーがそれぞれ独自の環境でコンテンツにアクセスすることをコントロール出来ないので、破壊的な変更を行うことが出来ないのです。これはデメリットでもあるし、メリットでもあります。 document.all のような過去の遺物を切り捨てることが出来ない一方で、一度動いたプログラムは比較的長い間動き続ける事が期待できます。

また、あくまで「なるべく影響を小さくする」であって、絶対に互換性を維持しているわけではありません。例えば ECMAScript 3 では undefined への代入が可能だったのですが、 ECMAScript 5 で undefined は Read Only Property になりました。undefined に何らかの値を代入していたプログラムは動かなくなりますが、そんなプログラムは世の中にほとんどないので、影響は軽微と判断して変更が導入されました。どうせなら undefinednull と同じようにリテラルにしてほしいところでありますが、おそらくそれは影響が大きいので入れることが出来ないのでしょう。

どの程度のユーザーが影響を受けるのか、というのは Chrome などのブラウザで定常的に統計を取っており、そのデータが標準化での議論で活かされています。もし興味があれば標準化関連のディスカッションを覗いてみてください。

余談: kazuho さんに貰った別解

@kazuho さんから、別解として次のような解答をもらいました(一部変更しています)。許可を頂いたのでこちらで紹介します。

var origAlert = alert;
Object.defineProperty(window, "alert", {
  get: function () { origAlert("Hello, World!"); }
});

function hello(x) {
    if(typeof x === 'undefined') {
        alert(x.f());
    }
}
hello();

面白いです。alert がグローバルオブジェクトのプロパティであることを利用して、window の getter を使って関数の引数が評価される前に alert を呼び出すという力技です。当然ながら、alert を表示した後に x.f() で TypeError が出てしまいますが、題意である「アラートを表示させることが出来るか」に関しては完璧に満たしています。

これなら、globalThis などを使えば Node.js でも動きますね(alert が存在しないけど)。満点です・・・💯